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隅田川 川開き de おもてなし

3つのキーワードで知る両国

今も江戸の伝統が息づく両国には、歴史や文化など、さまざまな魅力があります。 今回はその魅力を3つのキーワードでご紹介。知れば知るほどおもしろいこのエリア。 これをきっかけに訪れてみませんか?

※「隅田川 川開きdeおもてなし」の地域コラムです。本イベントは、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から中止になりました。

キーワードその1 隅田川

〜江戸時代の隅田川〜

隅田川に隣接する両国エリア。 江戸時代、防衛上の理由から隅田川に架けられていたのは千住大橋のみで、隅田川の東側にはあまり人が住んでいませんでした。 しかし、1657(明暦3)年に起こった明暦の大火により、多くの江戸市民が逃げ場を失って犠牲となってしまいました。 そこで、江戸幕府は新たに両国橋を架け、周辺の開発を始めました。 橋のたもとには、延焼防止の火除け地として広小路が設定され、見世物小屋や屋台が軒を連ねる繁華街が生まれ、今の本所地域が発展していったのです。

歌川広重の描いた「名所江戸百景両国花火」
歌川広重「名所江戸百景両国花火」。屋形船を出して花火を楽しんでいた様子が伝わってくる
両国橋
両国橋の架橋は大火から2年後の1659年。当初は「大橋」と名付けられていた

隅田川は江戸市民に愛される川でした。 当時の一番の役割は物流。 秩父のほうから木材や農作物が運ばれてきましたが、現在のようにトラックはないので、大量のものを運ぶときに用いられたのは舟です。 両国には碁盤の目状に水路が張り巡らされ、舟荷を下ろしていました。

また、隅田川での舟遊びは、江戸市民の行楽のひとつでした。 小さな屋形船を浮かべて花火を見る様子は夏の風物詩。当時は、花火屋がそれぞれの舟を回り、注文を取って打ち上げていました。 一発2分(1両の半分で、現在の価値で4、5万円)だったといいます。

〜現在の隅田川〜

2020年、隅田川に面した「両国リバーセンター」がオープン。舟運利用者の待合所、ホテル、カフェ、両国子育てひろばなどが入った複合施設です。

隅田川の墨田区側には、カミソリ堤と呼ばれる高さ3〜4mの直立の高潮堤防があるため、道路から川面を見ることができません。 「両国リバーセンター」の建物は、隅田川に親しんでもらいたいと真ん中が空いた「門」のような形に設計され、貫通通路を抜けると川に出られるようになりました。

「両国リバーセンター」では、今後さまざまなイベントが予定されているので、江戸時代のように川辺から賑わいが広がっていく拠点となっていきそうです。

「また、「両国リバーセンター」には船の発着場があり、既設の大型船舶用浮桟橋に加え、新たに小型船舶用に浮桟橋が整備されました。 隅田川の観光船というと水上バスや屋形船がメインでしたが、最近では10名ほどで利用できる小さな貸し切り船も登場。 開放的なオープンデッキ付きの船で、お酒や軽食と共に“今の舟遊び”を楽しめます。

両国リバーセンター
両国国技館の向かいに位置する「両国リバーセンター」
隅田川
「両国リバーセンター」の正面の階段を上ると目の前に隅田川が!

キーワードその2 葛飾北斎

日本にとどまらず、世界的に知られる江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎。彼は本所南割下水(現在の墨田区亀沢周辺)の近くで生まれました。

掃除が嫌いで、部屋が散らかると引越しをしていたといわれ、生涯にわたり93回も転居を繰り返したそうです。そのうち17か所が両国近くだったと作品や伝聞で明らかになっています。

北斎は、19歳で師匠に入門し、亡くなる90歳まで3万点もの作品を描き続けました。隅田川をはじめ両国橋、三囲神社や牛嶋神社など、生まれ育ったエリアを描いたものも多く残っています。さまざまな職業の人が集まり、多様な文化が生まれた両国は、描く題材にあふれていたために離れずにいたのかもしれません。

両国にある「すみだ北斎美術館」「江戸東京博物館」では、有名な「冨嶽三十六景神奈川沖浪裏」「冨嶽三十六景凱風快晴」をはじめ、隅田川を描いた「冨嶽三十六景御厩川岸より両国橋夕陽見」「冨嶽三十六景隅田川関屋の里」、「絵本隅田川両岸一覧」など、北斎の作品を多数収蔵し、数々の企画展を開催しています。

また、墨田区観光協会が主催するガイド付きまち歩きツアーには「北斎コース」もあります。ガイドさんによる画業の変遷の説明とともに北斎ゆかりの地を巡ってみてください。

葛飾北斎ゆかりの案内版
北斎が浮世絵の画題とした場所に設置された「葛飾北斎ゆかりの案内版」
旧安田庭園の駒留石
まち歩きツアー「北斎コース」で訪れる「旧安田庭園」にある駒留石

※各施設収蔵品検索より
「冨嶽三十六景神奈川沖浪裏」:すみだ北斎美術館/江戸東京博物館
「冨嶽三十六景凱風快晴」:すみだ北斎美術館/江戸東京博物館
「冨嶽三十六景御厩川岸より両国橋夕陽見」:すみだ北斎美術館/江戸東京博物館
「冨嶽三十六景隅田川関屋の里」:すみだ北斎美術館/江戸東京博物館

キーワードその3 両国グルメ

江戸時代は食文化が発達し、日本を代表する多くの料理が生まれました。そんな江戸グルメのひとつであるにぎり寿司は、両国の与兵衛鮨が発祥といわれています。 それまで、寿司といえば大阪風の押し寿司が定番でしたが、小泉与兵衛がネタの鮮度を保ち、その場で手早く作る江戸前のにぎり寿司を考案。当時は売り歩きや屋台で握っていた、ストリートフードでした。 今の寿司と違い、おにぎりほどの大きさがあったのも特徴です。

ちゃんこ鍋
元力士が開いた店も多く、相撲部屋の味を引き継いだちゃんこ鍋を食べることができる

また、両国のグルメとして欠かせないのがちゃんこ鍋。本来、相撲部屋で力士たちが食べている食事のことを「ちゃんこ」といいますが、明治時代、人気があった横綱常陸山の影響で出羽海部屋に入門者が増え、大所帯になってしまったため、みんなで一度に食べられるように鍋料理にしたのがちゃんこ鍋の始まりです。

相撲は手をつくと負けてしまうため、ちゃんこ鍋には縁起を担いで、豚など4つ足の動物の肉ではなく鳥肉を入れていました。現在は、豚肉や牛肉も使用されていますが、本場所が始まる前日の相撲部屋では、今も鶏肉のちゃんこ鍋を食べるといいます。

両国観光のあとは、背景にあるストーリーに思いを馳せながら寿司やちゃんこ鍋を味わってみてはいかがですか?

※寿司、ちゃんこ鍋の発祥に関しては諸説あります。
写真:墨田区観光協会

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